2007-04-25

[書評] 基礎からわかるナノテクノロジー / 西山喜代司

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ソフトバンク サイエンス・アイ新書 2冊目。

はじめに、このシリーズ自体について一言。

前回のはとても辛口だったが[1]、こうした科学に特化した新書の創刊自体はとても評価している。特に本シリーズ以前の科学系の手に取りやすいシリーズといえば、講談社のブルーバックスがメインで、ナツメ社の図解雑学が更に簡単な入門を果たしているという印象だった。そしてブルーバックスは点数が多く、また出来不出来、難易のバラつきがあるという選びにくさがあり、図解雑学も一見するよりは内容は深いものの、どうしても簡単な紹介しかできていないという印象だった。

こうした状況に、このサイエンス・アイ シリーズは全部横書き、二色刷り、200頁前後、参考文献に索引も備え、900円で登場した。まず、シリーズの形式を、先行シリーズをよく調査し研究した上で決めていると思う。図と文のバランスがとれている。また、ゆっくりとした発行からも、ていねいに内容レベルの統一を図っているのがうかがえる。こうしたシリーズが出てくることで、一般的な科学知識も向上していくのではないかと思われる。


さて、本書はナノテクが幅広い分野で力を発揮する将来になくてはならない技術であることを教えてくれる。

順番に見ていくことにする。

まず、第一章でチョコレートや化粧品など身近な例に目を向けつつナノテクを簡単に紹介し、第二章ではナノテクを「見る」技術としての顕微鏡技術の発展を紹介する。できるだけナノテクを目で見ることで親しみやすくしようとの配慮だろう。写真やイラストも豊富であり、この試みは成功と言える。

以降は個別の技術の紹介となる。素材、情報技術、バイオ、環境の各点に焦点をあてて紹介している。難しい話(といっても高校化学程度で、数式も出てこないのだが)はコラムになり別扱いになっていて簡単に読み進められるよう配慮されている。

第三章では「炭素は結晶構造で姿を変える」と題し、フラーレンやカーボンナノチューブ、カーボンナノホーンなど、ナノテクを利用した軽量にして強靭な素材を紹介する。そして軌道エレベータや大型ディスプレイ、燃料電池への応用の話も、それぞれ2頁ずつ紹介している。

第四章では情報技術、半導体技術などへの応用を紹介し、ナノデバイス、DNAコンピュータ、量子コンピュータ、電子ペーパ、ナノガラスなどを紹介する。どれも現状から言えば夢のような小型、大容量、高速なコンピュータを提供する技術である。DNAコンピュータは2002年に開発が成功したらしく、従来3日間かかった遺伝子解析を約5時間で処理できるようになったとのこ。また、量子コンピュータは実験には成功しているものの実用レヴェルになるには20年から30年を要すと言われているらしい。

第五章ではナノテクとバイオテクノロジーを利用したオーダーメイド医療やドラッグデリバリー、ナノマシンなどを紹介する。オーダーメイド医療とはDNA解析を利用し個人の体質にあった医薬品をうみだす技術のことで、ドラッグデリバリーとは副作用の高い薬品などをカプセルに入れ患部にのみ送り届ける方法。この分野も急速に発展しているらしく、ドラッグデリバリーシステムの実用化は一部で始まっており、オーダーメイド医療のためのDNA解析チップの実用化は2010年ごろの予定とのこと。ナノマシンと聞いて攻殻機動隊の「マイクロマシン療法」を思い出したが、実現はナノマシン療法になるのだろう。

第六章では環境問題へのナノテク応用を紹介する。酸素と水素を使用したクリーンな燃料電池、人工光合成、ナノフィルター、光触媒などを紹介している。

最終章ではナノテクノロジーに関連した世界情勢や政治の話を説明する。日本はナノ分野、特に部品技術や家電、原材料技術でアメリカと比べ優位に立っているが、システムとしてまとめあげる力がアメリカには及んでいないとの認識を示す。その上で、医療、環境、IT、材料各技術に大きな影響を与えるナノテクの発展の必要性を説いている。死因のトップであるガン、将来の人口爆発に伴う食糧難、宇宙産業の発展、エネルギー問題……これらの問題に対しナノテクは大きな力を発揮すると著者は訴える。

私たちはこれまで、科学技術の進歩によって、利便性や快適性などの恩恵を受けてきました。しかしこれと引き換えに、地球の資源やエネルギーを消費した結果、オゾンや炭酸ガスの放出といった環境問題に直面しています。もちろん、いまから自動車やテレビ、携帯電話を捨てて原始時代の生活に戻ることなどできません。このため私たちが取り組まなければならないのは、この恩恵を損なうことなく、エネルギーの消費を最大限に抑制した技術・産業を作り出すことです。このときこそ、ナノテクノロジーが大きな力を発揮するでしょう。

個人的には免許もなくテレビもケータイもない男であるが、著者の訴えは妥当なものとも思える。現行の高エネルギー消費の生活を持続させるためには、今後、一般の人もナノテクに高い関心を持ち、資金面、人材面での充実が図られてゆかねばならぬことは確実に思える。是非とも幅広く読まれて欲しい本である。


本書の内容面での出来不出来を論じるほどに知識がないのであるが、全体の印象として幅広い見識を持った方が丁寧に書いてという印象を受ける。

また、文や主張にクセもなく、かなり過敏な私がすんなり読めたので、恐らく誰でもすんなりと違和感なく読み進められると思う。本書の読後に安いハリウッド映画のように「科学技術発展に対する警鐘」を鳴らそうという気にはならなかった。本書を読んで科学アレルギーの反応が見られる人は日本社会での日常生活は不可能と思う。最後に引用したような主張も極めて説得力があると思う。

上記より本書は万人におすすめできる。本書を読んで、若い人ならば人類の将来に思いを馳せて、勉学にいそしんで欲しいものだし、若くはない人も思いを馳せて、イベントに行くなり、寄付をするなりして欲しい。

細かい点だが誤植に気がついた。こういうのは出版社にメールでも打つべきかとも思うが、ひとまず気がついた所だけを以下に書いておく。

  • p.77:ファンデルワールス力が「ファンデルワース力」になったり「ファンデルクールス力」になったりしている
  • p.166: 「がん細胞の幹部」とあるが患部の間違いでは?

また、本当の本当に細かい点だが紙質が私の好みではない。なんというか指にまとわりつくし、全体の厚さも200頁程度なのに250-300頁以上はある厚さになっている。カラー刷りのため仕方ないのだろうか。

また、本当に細かいというか、ある意味どうでもいいのだが、「章」の中に「Part」があるのも違和感がある。章の下の単位は節であって欲しいし、英語なら「Section」の方が違和感がない。Partだと「部」という感覚が私個人にはり、章よりも大きな単位という気がしてしまう。

繰りかえすがこれは細かい点で、イラストや図表など充実していて編集の方はいい仕事をしていると評価したい。こんな偏屈な男の難癖を気にせず、これからも頑張って欲しいと思う。


[1] digi-log: [書評] やさしいバイオテクノロジー / 芦田嘉之を参照。ただ本そのものの評価は高く、バイオテクロノジーを総括したい人にはいい。「辛口」なのは、あくまでも著者の考え方そのものに、私個人が否定的だったため。


基礎からわかるナノテクノロジー

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